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国連ユネスコの無形文化遺産に登録された和食 日本人の伝統的な食文化その要素の一つがもてなし客迎える主と客が互いを思いやる心
主は料理や食器、室内の飾り付けなどを工夫する。
客は料理を味わい、器や演出を鑑賞して感動したことを伝えれば主へのねぎらいとなる。こうした「もてなし」は外国人にも伝わるようだ。

日本料理店で外国の方が最も感動されるのは、お料理を飾る季節の葉っぱとのこと季節感と年中行事を取り入れた献立に植物や和紙などを使って季節感を表す趣向が外国人には珍しいという。
秋には鮮やかな紅葉を添えたり、柿の照り葉を料理に敷いたりして、おもてなしの心を伝える。
添えた紅葉が従業員の実家の山からその日届いたことを伝えると、特別なもてなしと受け止められる。



 

 





奈良時代
中国文化の影響を受けていた奈良時代には、料理や食習慣にも現れ、端午の節句や七夕など行事の移入につれて、
祝い日の特別な料理が作られるようになった。年中行事には、それに相応しい宴会が催されたが、中国から伝わった料理法が日本の風土や産物の中で工夫が加えられ、やがて日本独自の料理も多く出来てきた。


 

 






平安時代
平安時代の初期には、中国の影響を受けつつ、独自に食文化が発展している。唐揚げや唐煮、唐菓子などの料理が食膳に上り、中国風の納豆なども食べられていた。公家の間では食礼式や料理の流派が発達していった。大饗料理という言葉が出てきたのもこの頃である。現在の日本料理で用いられる技法はまだ出そろっていなかった。


 

 






貴族の食膳にのぼる料理は、現代のように醤油で味付けされることもなく、出汁を用いないなど、調理技術は未発達で貴族達は食べる料理に自ら塩や酢などで調味をしていた。その上、野菜を下品な食べ物と見下して摂取せず、珍しい食べ物を食べる事で貴族達は自分達の権威を見せ付けていた。
更に、仏教の影響で料理の美味いまずいを口にする事をタブー視していたため、栄養面から見るとかなり悪い食事をしていた。光孝天皇の命で新しい料理法(四条流包丁式)を編み出した藤原山蔭が挙げられる。伝統ある日本料理店では神棚に磐鹿六雁命と藤原山蔭を祀っている例も多い。


 

 





鎌倉時代
禅宗と共に喫茶の風習が広まった。禅宗の僧が食べていた精進料理が本格的に流入し、がんもどきなどの食品加工技術が伝わった。精進料理の影響により、大豆加工の技術や野菜料理の技法が大きく発達し、のちの日本料理の方向性を決定づけることになった。禅僧の修行の際の軽食を「懐石」と称していたのが後の懐石料理の語源である。また、栄西が中国から茶を持ち帰り、懐石と結びついて茶料理が生まれた。ご飯を食べる際に匙を使う習慣はすたれ、飯碗を手で持ち、箸で食べるようになった。





 

 






室町時代
室町時代に入ると宮中の料理は武家の間にも採り入れられ、食礼式が発達した。当時は小笠原流などの礼法が盛んな時代であり、料理の流派としては中納言山陰政朝を始祖とする四条流が興った。
料理書『四条流包丁書』もこのころに書かれたとされる。一方、権威が落ちた貴族達は大饗料理を作る余裕が無くなり大饗料理は有職料理に姿を変えた。また、足利家には大草流があり、この頃より食作法がやかましく言われるようになり、1人分の料理を膳の上に組むいわゆる「本膳の形式」による料理が形成された。一方、この儀礼的な料理に対して茶道から生まれた趣味的な料理が懐石料理であり、この二つが日本料理の主流を占めるようになった。

 

 

ユネスコ世界遺産 和食 四季の彩り 極める 懐石料理 日本料理献立 板前の技 調理師の腕 和食職人の技術




仏教の「食事の味を論じてはならない」という文言の解釈が変わり、禅寺では料理や食事も修行の一環とみなされるようになり精進料理が発達した。禅寺の食のタブーを克服するため調理技術が発達し、出汁の概念が生まれた。
大豆の加工技術も禅寺から興ったものである。足利義政は窮屈な、接待での食事の息抜きとしてよく禅寺への用事がてらに食事をし、これが現在の日本料理の基となった、とされる。また、安土桃山時代に来日したジョアン・ロドリゲスは著書『日本教会史』の中で支配階層が身に付けるべき「能」であったものとして、弓術・蹴鞠・庖丁を挙げている。
室町末期から安土桃山時代には南蛮船により南蛮料理や南蛮菓子(カステラなど)が伝わってきた。

 

 






江戸時代
江戸時代は、経済・文化が大きく発展し、当時の献立や料理書から料理の内容が豊かであったことが知られている。
天ぷら、にぎり寿司や蕎麦などの屋台による料理が発達した。寿司専門料理店ができるのもこのころである。
また、都市部を中心に発達したお留守居茶屋などの料亭の料理は、酒を飲みながら料理を食べる形式で本膳や懐石のように作法にあまりとらわれないのが特徴であり、これを会席料理と称した(現在最も多く行われているのはこの会席料理である)関東地方で濃口醤油が発明され、調味や色付けに醤油が多用されるようになった。
鰹節や昆布で出汁をとる技術が高度に発達し、砂糖の普及により、甘い和菓子が食べられるようになった。
陶器、磁器を使い、凝った絵付けを施した食器が広く普及した。またももんじ屋などでは薬食として牛肉など肉食も行なわれた。江戸時代中期には、輪違い大根に代表される「見立て」という飾り包丁の技法が発達した。また、この時代には黄身返し卵などの珍料理が生み出されている。

 

 






関東の料理
江戸料理と呼ばれる鮮度の良い地元の材料を使用した料理が独自に発展していった
江戸は政治の中心地で経済的に発展をしており大江戸八百八町と呼ばれる世界有数の大都市へと発展していたため食文化は著しく発達した。

絵本江戸風俗往来に江戸市中町家のある土地にして、冬分に至れば焼芋店のあらぬ所はなしと焼き芋屋が大人気となるほどの田畑の豊かな農作物以外に、特に江戸前など海の幸に恵まれていたため、刺身や握り寿司のように新鮮な魚介類を用いた料理が大きく発展した。江戸湾内で豊富に採れる魚介類は江戸前の名で呼ばれ、近海で穫れるマグロなどの刺身は献立に欠かせぬものとなった。

また、タイは「めでたい」の語呂から姿焼きで膳に飾られる事が多く、きんとんや蒲鉾などの口取りを添えてみやげ物として持ち帰る風習が生まれた。こういった中で鮮度と産地を重視する江戸料理が生まれた。
また、武家社会を中心に、八寸や口取りから始まる本膳料理が発展した。元禄年間以降、町人の手による江戸料理が発達し、富裕な階層を相手にした高級料亭から、蕎麦や丼物といった庶民の味まで、さまざまな食文化が生まれた。
地方出身の単身者や職人が多かった江戸では、蕎麦やてんぷらなどの屋台や外食産業が栄えた。

 

 


特に好まれた料理としては、天ぷら・蒲焼、寿司・蕎麦など。また旬の物や鮮度の良いものが好まれており、非常に高価な初ガツオ・初ナスなど縁起を担ぐ事も多かった

出汁は鰹節と醤油を使ったものが好まれ、醤油はうま味成分が多い濃口醤油鰹節は花かつおなどの荒節(裸削り)ではなく、味と香りが良く高価な本節(本枯節)を使った鰹節削り節も使われた。江戸時代から調味料として醤油が盛んに用いられるようになり、江戸近郊では濃口醤油が大量生産されるようになった。料理屋の食事には、通常持ち帰り用の「折り詰め」が付いてくるため、味付けが絡みやすい濃口醤油が使われた

江戸では井戸水に塩分が含まれていたため、飲料水には江戸の六上水の水が用いられた。諸大名の参勤交代が行われた事などから、江戸の料理文化が日本各地に広がると共に、各地の産物や料理文化の交流があった。そして19世紀初頭には文化の中心地ともなっていった海藻類も、「わかめ(干しわかめ)」と「なまわかめ」などが区別されるなど、ダシや具としても活用されていた。

こしょうなど香辛料も工夫して利用されるようになり芳飯も鶏飯など異文化も取り入れられ、おじや、ねぎぞうすい[37]も食べられるようになっている「貝焼き」は、江戸幕府の饗応食にもなった。江戸の食文化は、落語の「時そば」「ふぐ鍋」「素人鰻」「目黒のさんま」「蕎麦の殿様」などに表現されている。




西の料理「京料理」
京都、大阪の料理は「上方料理」と呼ばれた。
これらの地域では、北前船によって輸送された北海道産の昆布が重宝された。
また、茶会に出す料理として千利休らによって考案された懐石料理は、
会席料理、割烹として大阪と京都で引き続き発展した。
京都の食文化は、朝廷料理、寺院料理などの影響を受けていた。
また、町人文化として発展した京漆器や京焼が、料理に彩を添えた。盆地状の地形の京都は地下水に恵まれ、
京野菜や豆腐の生産に適しており、それらの素材の風味を尊重した薄味の料理が発達した。
一方で、海産物に乏しかったため、干しダラや身欠ニシンなどの乾物や保存食が用いられたほか、
長期の輸送に耐えられる押し寿司や、生命力の強い鱧を用いた料理などが発展した。

江戸時代の経済、物流の拠点だった大阪では、
瀬戸内の豊かな魚介類や近郊で作られた野菜だけでなく、
全国の産物も集められた。そのため「諸国之台所」と評されるほど食材に恵まれていた。
特に、加工した昆布を用いただしの文化が、船場を中心に発展した。
一方で、米とともに全国に輸送された京都の工芸品、灘の酒、堺の刃物などは、
「下りもの」と呼ばれとりわけ江戸で重宝された。





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