2003年のユネスコ総会で無形文化遺産保護条約が採択され、日本も2004年に締結。
ユネスコの「人類の無形文化遺産の代表一覧表」に含まれている
日本国内の無形文化遺産は多数ありますが、その中でも、代表的な5つの芸能

雅楽、 能楽、 文楽、 歌舞伎、 組踊、

世界遺産、ユネスコが実施していた「人類の口承及び無形遺産に関する傑作の宣言(傑作宣言)」に、
能楽、人形浄瑠璃文楽、歌舞伎が含まれていたが、2008年に統合。


薪能、能舞台、能楽舞い、田楽、猿楽、今様、白拍子、楽劇、幽玄、夢幻能、曲舞い、歌舞能、瑶、狂言
ユネスコ世界文化遺産に能が含まれている

能の源流をたどると、遠く奈良時代までさかのぼります。


当時大陸から渡ってきた芸能のひとつに、[散楽]という民間芸能があり


器楽・歌謡・舞踊・物真似・曲芸・奇術など バラエティーに富んだその芸は
[散楽戸]として官制上の保護を受けて演じられていましたが


安時代になってこれが廃されると、その役者たちは各地に分散して集団を作り、


多くは大きな寺社の保護を受けて祭礼などで芸を演じたり、
あるいは各地を巡演するなどしてその芸を続けました。


この頃、[散楽]は日本風に [ 猿楽/申楽 (さるがく・さるごう) ]と呼ばれるようになり、


時代とともに単なる物真似から様々な世相をとらえて風刺する笑いの台詞劇として発達、のちの[狂言]へ


一方、農村の民俗から発展した[田楽]、大寺の密教的行法から生まれた[呪師芸]などの芸も
さかんに行われるようになり、


鎌倉中期頃には猿楽の集団も寺社公認のもと「座」の体制を組み、当時流行していた
[今様] [白拍子]などの歌舞的要素をとりいれた、


田楽・猿楽の諸座が芸を競う中、南北朝の頃になると、大和猿楽は14世紀後半を代表する
名手観阿弥を生みました。


観阿弥は、将軍足利義満の支援を得、物真似主体の強い芸風に、
田楽や近江猿楽などの歌舞的要素をとり入れて芸術的に高め
当時流行していたリズミカルな[曲舞]の節を旋律的な[小歌節]と融合させるなど
音楽面での改革をも行って、大いに発展を促しました。
この観阿弥の偉業を受け継いで今日まで伝わる[ 能 ]の芸術性を確立したのが、
息子の世阿弥です。







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